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<<   作成日時 : 2016/09/12 19:36   >>

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私はサックスカルテットを大学に入って初めて経験しました。
クラシックのサックスカルテットというのを知ったのもこの頃が初めてです。

大学へ入学する少し前に、武藤先生から
「君は入学したらカルテットでテナーをやりなさい」
と言われました。

高校のイチカシ吹奏楽部ではテナー以外吹いたことがなかったので
先輩方とカルテットをやることにとても緊張していましたが
テナーで、と言われてその時はちょっと内心ほっとしました。

でも練習が始まって・・・
大勢で様々な楽器と演奏する「吹奏楽の中でのテナー」と
「カルテットの中でのテナー」は全然違うものでした。

カルテットの経験が無い自分。

先輩方に迷惑をかけないように
決められた曲をとにかくさらって
練習中に自分のせいで止まることが無いようにしなければ!と
とにかく必死でした。

日芸の頃はちょっとだけアルトやソプラノでカルテットをやったりしましたが
卒業するまで90パーセントくらいはテナーをやらせてもらいました。

そして桐朋学園へ進学するときまたしても武藤先生から
「桐朋に行っても君はテナーをやりなさい」と言われました。

桐朋学園でのカルテットはクラシックだけでなく
学園祭向けにポピュラー的な曲にも取り組むことになりました。

その頃ようやくカルテットの中のテナーに慣れてきてはいましたが
自分の音色、テナーの音色のイメージが湧かなくて
悩みというか悶々とした気持ちがありました。

その時出会ったのがこのCDです。
この中の「私が愛したロイドウェバー」を学園祭でやることになり
楽譜を見ながら早速聴きました。

そしてこの時本当に「テナーはこういう音色なんだ!」と
何かキラっと舞い降りてくるような気持ちになったことを覚えています。

それはトルヴェールカルテットのテナー奏者 新井靖志先生の音色でした。

雲がかかった月がぱあっと晴れていく感じでした。
「新井先生ありがとうございます」と強く思ったものです。

この時から「この音色に近づきたい」「近づこう」と思いました。
練習の方法も音楽の聴き方も、この頃から今も変わらず
感動しながら学ばせてもらってきました。

その先生が9日に急逝してしまいました。
私は直接レッスンを受けたことがありません。
でも私にとってはテナーの先生です。
そしてスターのような存在です。

全く信じられない、ネットの情報なんて半分嘘っていうし…と思ったり、
気づいたら溜息とぼんやりの繰り返しでした。

お通夜があった10日はレッスンをしていました。
テナーサックスでアメージンググレイスを吹く生徒さんの音色が
新井先生と重なってしまい、レッスン中にもかかわらず涙してしまいました。

10日の夜はお通夜に出席した友人から
「先生穏やかな顔だったよ」などと連絡を受けて
「あぁ、本当なんだ」ととても力が抜ける思いでした。

11日の告別式に向かいました。
会場の後ろの方からの喪服を着た大勢の後姿を見ていて
前には新井先生の写真やサックスが飾られていて
トルヴェールの皆さんが一人いないまま前に並んで
泣いている

こんなに悲しいことってない。
夢の中にいるような、自分の頭がおかしくなっちゃったんじゃないかなと
思えるくらいでした。

今にも棺から「冗談だよ」と起き上がってすぐそばにあるサックスを
吹くんじゃないかという気がするという弔辞をきいていて
本当にそうだと思いました。

ステージで倒れてあの世に行けたら本望だというミュージシャンが多いけど
実際にやるなんて!というお話もありました。

新井先生はトルヴェールで最後に「My Favorite Things」を演奏して
倒れられたそうです。

疲れるほど泣いてしまいました。

最後に先生の棺にお花を入れさせてもらう際に
私は先生の手の上辺りに置きました。

先生ありがとうございました。





















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